2012年12月23日日曜日

数詞を覚える時の注意

数詞を覚えるときは、ひたすら
pa re ci vo mu xa ze bi so no
と唱えるしかない。 しかし、実はそれだけでは不十分である。
数詞は2字であるが、その形態素形(rafsi)は3字である。
以下の通り:

non 0
pav 1
rel 2
cib 3
von 4
mum 5
xav 6
zel 7
biv 8
soz 9

これを覚えたほうが良い。
合成語に使える。

wikibooks「Everyday Lojban ロジバン日常会話 初級/01」ロベルトとニック、その3

B: vecnu fo loi rupnu po'o be li paki'oki'o
A: xu tolyfadni jdika va'u lo pendo


vecnu fo loi rupnu po'o be li paki'oki'o

vecnuのx4は価格/費用なので、x4を表すfo以下は車の値段を表す。

loi
loが個別の「本当にそうであるもの」に対し、loiは一群の「本当にそうであるもの」
例えば、
lo karce
(本当に)車(であるもの)
loi karce
一群の(本当に)車(であるもの)
である。ただし、
mi vecnu loi karce
私は一群の車を売る
について、一群の車のうち一部であっても構わない。全てである必要はない。

rupnu
x1はx2(数量)の、x3(通貨体系)の上位単位/円/ドル/ユーロ

po'o
(心態詞)たったの、〜だけ

be
項同士を結ぶ。 後の項が前の項のx2であることを表す。
loi rupnu be li paki'oki'o
百万という数量のお金の上位単位
100万円/ドル/ユーロ
項同士を結ぶ単語には他に
pe
があるが、これは何らかの関係があることのみを表し、x1なのかx2なのかなどを明示しない。

li paki'oki'o
liは数を表す語につく冠詞。
1,000,000

この文ではx1は省略されており、誰が売るのかは明示されていないが、B氏であることは明らか。

「たった100万円で売る。」


xu tolyfadni jdika va'u lo pendo

tolyfadni

to'e fadni
の合成語である。
to'eの形態素形(rafsi)がtolであり、正反対を表す。
fadni
x1はx2(性質)・x3(集合)において平凡/通常/普通

tolyfadni
平凡の反対
特別

jdika
x1はx2(性質)に関してx3(数量)ほど減る

va'u
~(良い何か)を享受して

pendo
x1(者)はx2(者)の友人; x1はx2にたいして友好的

tolyfadni jdika
x1はx2(性質)に関してx3(数量)ほど特別的に減る
重語(tanru)である。jdikaをtolyfadniが修飾している。これがこの文の述語(selbri)である。

「友人を享受して特別減りますか?」
x1が省略されており、何が減るのかは言っていないが、
loi rupnu be li paki'oki'o(100万円)であることは明らか。

「友情特別割引は?」

2012年12月22日土曜日

wikibooks「Everyday Lojban ロジバン日常会話 初級/01」ロベルトとニック、その2

B: .iacu'i .i mi co'u se cinri
A: .e'o ko vecnu lo karce mi .i mu'i bo lo za'i do ponse ra cu na'e cinri


 .iacu'i 

 .ia
(心態詞)事実的根拠が十分でない状態でそれを認める気持ち 。「信じる」
cu'i
心態詞の段階を表し、「逆までは行かないが、それではない」

前文の「karce .a'u(いい車だ。)」を受けて、
「悪い車とは思わないが良いとも思えない。」
「そうは思わない。」


.i mi co'u se cinri

co'u
時間的な相を表す単語で、その述語が中断して終わることを表す。

cinri
x1(事)はx2の関心を惹く; x2はx1に関心がある
se cinri
selci'i
x1(人)はx2(事)に関心がある

「私は関心を持つことを中断した。」
「もう興味がない。」

何に興味がないのかは言っていないが、文脈から「lo mi karce(私の車)」であることは自明である。つまり、
mi co'u se cinri lo mi karce
とも言える。


.e'o ko vecnu lo karce mi

e'o
命令文について、丁寧を表す。英語の「please」、エスペラントの「bonvole」にあたる。

vecnu
x1(者)はx2(品/サービス)をx3(者)にx4(価格/費用)で売る; x3はx2を買う
ここではkoがx1なので、「車を私に売る売主であれ。」
「車を私に売れ。」

ちなみに、
la robert. vecnu ko mi
ロベルトの私に対する売り物であれ。
ロベルトから私に売られなさい。
la robert. vecnu lo karce ko
ロベルトが車を売る、買い取り手であれ。
ロベルトから車を買いなさい。

「どうか車を私に売ってください。」


.i mu'i bo lo za'i do ponse ra cu na'e cinri

mu'i bo
接続詞的に「以下の文を動機として」

za'i
(抽象子nuの仲間)という状態

ponse
x1はx2をx3(法/慣習)のもと所有する

ra
ri/ra/ruシリーズ
riは直前のsumtiを表す。
raは少し離れたsumti、ruは離れたsumtiを指す。
ただし、ra, ruは離れ具合が曖昧なため、意味が曖昧になる。
ここではraはlo karce(車)

na'e
否定の一種。該当selbri以外の関係であることを表す。
na'e cinri
x1はx2の興味を引き起こす以外の関係。
確かに興味を引き起こさないが、他に何らかの関係がある。

cuがあるので、この文の述語は、na'e cinri
x1は
lo za'i do ponse ra
あなたがそれ(車)を所有する状態

「あなたがそれを所有する状態が興味を引き起こさせる以外の関係であることを動機として。」
「あなたがそれを持っていることが興味を引き起こさないなら。」

2012年12月16日日曜日

wikibooks「Everyday Lojban ロジバン日常会話 初級/01」ロベルトとニック、その1

A: coi .robert.
B: coi .nik.
A: xu ti selpo'e do gi'e karce
B: na go'i .i lo mi karce cu va zvati
A: lo xunre xu
B: .ie
A: karce .a'u
xu ti selpo'e do gi'e karce

ponse
x1はx2をx3(法/慣習)のもと所有する
se ponse
selpo'e
x1はx2にx3(法/慣習)のもと所有される
「sel」は、sumtiの場所を転換するma'ovla「se」のrafsiである。
要するに、述語の変数項を転換する助詞の「se」の合成語形ということである。
これを「ponse」の合成語形(rafsi)である「po'e」と合成し、「selpo'e」とすることで、
「ponse」のx1とx2を転換する。

gi'e
かつ(英語のand、エスペラントのkaj)
この文の場合、前者と後者が共に真のときに、返事はgo'iとなる。
どちらか一方、あるいはどちらも偽のときは、返事はna go'iとなる。

karce
x1はx2(客/荷)・x3(原動力)の車

文の構造としては、

xu
ti selpo'e do
gi'e
ti karce
(2つのtiは同一)

真か偽か?
これはあなたに所有され、
かつ
これは車である。

つまり、
「これははあなたの車ですか?」

ただし、
xu ti du lo do karce
これはあなたの車と同一ですか?
これはあなたの車ですか?
du
「同一である。」を表し、機能語(ma'ovla)であるが、述語(selbri)になれる。
英語のbe動詞、エスペラントのesti。
この表現のほうが自然。

また、
xu lo vi karce cu selpo'e do
とすれば、「この車はあなたのですか?」となり、原文に近い。


na go'i .i lo mi karce cu va zvati
いいえ。私の車はあっちにある。

zvati
x1(物/事)がx2(事/所)に居る/在る
vaはx2ではない。vaはzvatiにかかり、zvatiしているのがそこそこ遠いことを表す。
空間の距離を表すのにはvi(近) va(中) vu(遠)を使う。
時制のpu(過去) ca(現在)ba(未来)と同じように使える。
つまり、vi va vuをselbriにかけて、その述語の発生源や状態の距離を表す方法や、
vi va vuのあとにsumtiをおいて、そのsumtiからの距離を表現する方法がある。
前者は
mi vi gunka
後者は
viku mi gunka
ともに「私はここで働く。」である。
後者について、
vi mi gunka
とすると、viのあとにくるsumtiはviのものなので、「私のところで(誰かが)働く。」となる。
この注意点は時制と同じである。
mi pu gunka
puku mi gunka
私は働いた。
pu mi gunka
私の前に(誰かが)働いた。
pu句やvi句の中身がないなら、終端子kuですぐに閉じる必要がある。


lo xunre xu

xunre
x1は赤色/クリムゾン
lo xunreは赤いという形容詞ではない。
赤いx1そのもの。つまり赤いものという名詞である。
赤であるx1そのものですか?
赤いものですか?


.ie
心態詞。それに賛同する気持ちを表す。
go'iでも良いが、それは単に真である事実を表し、気持ちは込められていない。


karce .a'u

a'u
心態詞。それに好奇心を覚えて惹きつけられる気持ちを表す。

車に引きつけられている気持ち。
(話者の気持ちとして)いい車だ。

karceはselbriである。x1が省略され、「(何がかは言わないが)車だ!」という意味である。
それに、話者の気持ち「良い」が付加されている。省略されたx1は文脈で判断され、この場合、Bの車を指すはずである。

「良い」はxamguだが、これは
x1はx2にとって、x3(基準)で良い/好ましい
である。
lo karce xamgu mi
その車は私にとって良い。

wikibooksのロジバンの使い方2

wikibooksにはもうひとつ使える教材がある。

Everyday Lojban ロジバン日常会話 初級/01
である。
簡単な会話文が3つ収録されている。
しかし、解説がないので、当ブログで可能な限り解説していく。

2011年8月9日火曜日

復習の例文002

A: coi miktan.
B: coi
A: xu do pu sanga
B: na go'i .i mi pu citka le sluni
A: do nelci lenu citka le sluni
B: ba lenu mi citka kei do klama le mi zdani

sanga: x1はx2(音楽)をx3(聴衆)に歌う/詠唱する
citka: x1はx2を食べる
sluni: x1はx2(種類)のネギ属(ネギ/タマネギ/シャロット)
nelci: x1はx2(物/事)を好む/好き/気に入っている

「.i」はロジバンで文同士を分かつために使われます。文末のピリオドが発声されるバージョンだと思ってください。

3行目、「歌ってたの?」
4行目、「いいえ。ネギを食べてた。」
5行目、「ネギ食べるの好きだね。」
6行目、「食べた後にあなたが私の家に来た。」

wikibooksノート009第6章その2・時制2

ba lenu mi citka le rismi kei mi pinxe le tcati
私は米を食べた後、茶を飲む。
citka: x1はx2を食べる
rismi: x1はx2(種類)のイネ科植物(米)
pinxe: x1はx2(液体)をx3(容器/起源)から飲む
tcati: x1はx2(葉/原料)の茶/紅茶/緑茶

{ba le(nu mi citka le rismi kei)} mi pinxe le tcati
baの後にはsumtiが入る。baによって、「(le以降のsumti)の後」を表す。
また、nu句を終端子keiで閉じている。

ba le rismi ku mi pinxe le tcati
米の後に私は茶を飲む。
sumtiのle rismiを終端子kuで閉じている。
le rismiを誰がどうするのかは言っていない。文脈で決まる。

baku mi pinxe le tcati
後で私は茶を飲む。
baの後、終端子kuですぐ閉じて、sumtiを省略している。
「ba mi pinxe le tcati」は「私の後、(誰かが)茶を飲む」という意味。baの後はsumtiが来る。

mi ba pinxe le tcati
私は茶を飲むだろう。
baはselbriのpinxeにかかり、未来時制を表す。

2011年8月8日月曜日

wikibooksノート008第6章その2・時制1

pu:過去、ca:現在、ba:未来
ロジバンでは時制を表す語が無い場合、それは文脈によって判断される。時制は必須ではない。

le mi xirma pu citka le cakla
私の馬がチョコレートを食べた。
xirma: x1はx2(種類)のウマ科動物
citka: x1はx2を食べる
cakla: x1はx2(種類)のチョコレート/ココア
この場合、selbriを表すcuは不要。

zi za zuが時間の短・中・長を表す。

le mi xirma puzi citka le cakla
私の馬が少し前にチョコレートを食べた。

le mi xirma puzu citka le cakla
私の馬がだいぶ前にチョコレートを食べた。

ma'ovlaは連続する場合、分かち書きせず続けて書いても良い。
発話されるときは同じである。

wikibooksノート007第5章その2・変数項の入れ替え

selbriの変数項を入れ替える方法として、fa fe fi fo fuを項の前に置くことで場所を自由に動かせることをすでに学んだ。これを置換という。
ここではse te ve xeによって、項を入れ替え、強調部位を変える方法を示す。
このse te ve xeはselbriの前に付き、初期設定の変数項の順番を入れ替える。これを転換という。

se
x1とx2を入れ替える。
mi se klama do
私の所にあなたは来ます。
le sluni cu se citka do
ネギはあなたに食べられる。(受け身的な表現となる)
citka: x1はx2を食べる
sluni: x1はx2(種類)のネギ属(ネギ/タマネギ/シャロット)

以下はほとんど使わない。

te
x1とx3を入れ替える。
mi te klama do ti
私の所からこれはあなたの所に来る。

ve
x1とx4を入れ替える。
mi ve klama zo'e zo'e do
私を経由してあなたは来る。

xe
x1とx5を入れ替える。
le karce cu xe klama zo'e zo'e zo'e mi
車で私は来る。
転換と置換は同時に使える。ただし、se te ve xeによって語構造は変わり、x5はx1に、x5はx1になる。
よって、もともとx1だった項はx5なので、置換標識はfuとなる。
le karce cu xe klama fu mi
となる。

2011年8月7日日曜日

wikibooksノート006第6章その1・終端子

ロジバンにおける終端子は自然言語にありがちな曖昧性を除去する。
非常に重要な単語の類である。

leなどの冠詞がsumtiを開始させたら、kuがそのsumtiを終了させる。
mi fu le karce ku cu klama
私は車で来る。
karce: x1はx2(客/荷)・x3(原動力)の車
klama: x1はx2(終点)にx3(起点)からx4(経路)をx5(方法)で行く/来る
この文ではle karceというsumtiを終端子、kuが終了させている。この文ではkuは省略できる。

抽象子nuで開始された文は、終端子keiが終了させる。
mi nelci le nu la taroum. sanga kei
私は太郎が歌うのが好きだ。
nelci: x1はx2(物/事)を好む/好き/気に入っている
sanga: x1はx2(音楽)をx3(聴衆)に歌う/詠唱する
この文では、nuで始まった句がkeiで終了さている。この文ではkeiは省略可。

2011年8月6日土曜日

wikibooksノート005第5章その1・文の入れ子、抽象子

文を入れ子にするときは抽象子nuを使う。

mi nelci le nu la taroum. sanga
私は太郎が歌うのが好きだ。
nelci: x1はx2(物/事)を好む/好き/気に入っている
sanga: x1はx2(音楽)をx3(聴衆)に歌う/詠唱する

この文は
mi nelci le yyyyy
という文(yyyyyは任意のgismu)に、
la taroum. sanga
という文を入れ子にしたものである。
この場合、leはsumtiが来ることを示しているだけである。nuとは関係がない。

抽象子はnuだけではないが、ここではこれだけを扱う。

2011年8月5日金曜日

復習の例文001

3章までの内容を復習するために簡単な会話文を作った。

A: coi miktan.
B: coi
A: do mo
B: mi sanga le do zgike
A: xu fe do xamgu
B: go'i

coi: (あいさつのかけ声)
sanga: x1はx2(音楽)をx3(聴衆)に歌う/詠唱する
zgike: x1はx2に演奏/制作される音楽
xamgu: x1はx2にとって、x3(基準)で良い/好ましい

最初の2行はあいさつである。miktan.は人名。
3行目は「何してんの?」くらいの意味の文。moでselbriをたずねる。
4行目、「私はあなたの曲を歌っています。」「mi sanga le zgike pe do」とも言える。「mi le do zgike cu sanga」とも言える。「cu」はzgikeとsangaがtanruにならないために必要。
5行目、「あなたにとって良いですか?」xuが真偽を問う疑問。feで第2変数であることを示す。
6行目、「はい」go'iで前のselbriを繰り返す。

wikibooksノート004第3章その3・所有

peは関連を表す。所有より弱い。
poは所有を表す。
po'eは譲渡不可の所有を表す。自分の腕、親など。
しかし大体、peで事足りる。所有を強調する場合、poを使う。po'eはほとんど使われない。

la viton. pe la taroum.
太郎のヴィトン(太郎は借りているだけかも知れない)
「la la taroum. viton.」は不可。

le ckafi pe la taroum.
太郎のコーヒー
ckafi:x1はx2(種類)のコーヒー
以下の1文は同じ意味。
le la taroum. ckafi

le ckafi pe le patfu
父のコーヒー
patfu:x1はx2の父親
(le le patfu ckafiは不可なのか?現時点で筆者には分からない。)

le ckafi pe mi
私のコーヒー
以下の1文は同じ意味。
le mi ckafi

le ckafi pe ma
誰のコーヒー?
以下の1文は同じ意味。
le ma ckafi

la viton. po la taroum.
太郎の(太郎が所有する)ヴィトン

le ckafi po la taroum.
太郎の(太郎が所有する)コーヒー

le ckafi po le patfu
父の(父が所有する)コーヒー

le ckafi po mi
私の(私が所有する)コーヒー

le patfu po'e la taroum.
太郎の父

2011年8月3日水曜日

wikibooksノート003第3章その2・疑問文

真偽を尋ねるxu
「はい/いいえ」で答える疑問文を作るときは文のどこでも良いので「xu」をつける。

xu do klama fu le karce
あなたは車で来るの?
klama:x1はx2(終点)にx3(起点)からx4(経路)をx5(方法)で行く/来る
karce:x1はx2(客/荷)・x3(原動力)の車

はい/いいえ
klama / na klama(selbriをそのまま繰り返す。)
go'i / na go'i(go'iは前文から疑問を取り除いたのと同じ意味である。)
mi klama fu le karce / mi na klama fu le karce

sumtiを尋ねるma
尋ねたい項のところにmaを入れる。

ma klama fu le karce
誰が車で来るの?

mi klama ma fu le karce
私はどこへ車で行くの?

mi klama fu ma
私は何(交通手段)で行くの?

selbriを尋ねるmo
selbriをmoにおきかえれば、各項の関係を聞ける。

do mo mi
あなたは私にどうしたいの?/あなたは私の何なの?

la taroum. mo
太郎って何者?/太郎って何してるの?

ti mo
これは何?
ti:これ

2011年8月2日火曜日

wikibooksノート002第3章その1・命令文

ko
koは聞き手、すなわちあなただが、doと違い命令文を表す。

ko nelci la taroum.
太郎を好きでいなさい。
nelci:x1はx2(物/事)を好む/好き/気に入っている
この文では好きである主語に対する命令である。

la taroum. nelci ko
太郎に好かれなさい。(太郎があなたを好きでいるようにしなさい。)
この文では好かれる部分に命令されるあなたが入っている。

ko ko nelci
自分を好きになりなさい。(あなたがあなたを好きであるようにしなさい。)

.e'o
丁寧にするにはkoの入っている文の最初に.e'oをつける。
.e'o ko nelci la taroum.
太郎を好きでいてくれませんでしょうか。
.e'o la taroum. nelci ko
太郎に好かれるようにしていただけませんか。

wikibooksノート001第2章・文の作り方の基本

第1章はこのブログでは取り扱わない。wikibooks本家を参照されたい。

mi dunda la viton. do
私はヴィトンをあなたにあげる。
mi:私(話者)
dunda:x1はx2をx3(者)に与える/贈る/授ける
do:あなた(聞き手)
以下、4文は同じ意味の違う表現方法
mi la viton. do dunda
mi la viton. dunda do
mi la viton. do dunda
fe la viton. do dunda fa mi
feはx2(第2項)、faはx1(第1項)を表す。x2の後には何も明示されなければ、必ずx3が続く。よって、「do」はx3である。

mi dunda le cukta do
私は本をあなたにあげる。
cukta:x1はx2(内容)・x3(著者)・x4(読者)・x5(媒体)の本/文献
次の1文は意味が違う。(「私は与えるという内容であなたが著者のその本???」どういう意味かは現段階の筆者は分からない。)
mi le cukta dunda do
この場合、次の単語がselbriであることを表す「cu」が必要であり、次のようになる。
mi le cukta cu dunda do
このように、gismuをsumtiとして使う場合は注意が必要である。

do dunda zo'e mi
あなたは私にくれる。
何をくれるかは興味がない・重要でない・知っている・了解済みである。
zo'eは項に何も入れないことを意味する。
「do dunda mi」は「あなたは私をあげる。」であるので注意。
zo'eを使わない場合、「do dunda fi mi」となる。fiはx3(第3項)であることを示す。

wikibooksのロジバンの使い方

現在、ロジバンを日本語で学べるサイトは限られている。そして体系的に学べるサイトはwikibooksくらいだろう。
ロジバン/目次
しかし、これは非常に難解である。抽象論ばかりで、なかなか覚えられない。どちらかというと、同じくwikibooksの
Lojban For Beginners 日本語訳
の方がわかりやすい。ただし、これを使ってもそうそう覚えられるものではない。
そこで当ブログではLojban For Beginners 日本語訳にそって可能な限り例文をあげていく。もちろん、すべて正しい保証はない。

2011年7月30日土曜日

ロジバンにおける文の作り方

文の中核をなす単語をselbriという。日本語では動詞、形容動詞のようなものである。

gismu,brivlaは語法を内包している。つまり、gismu,brivlaは適切な変数項を置くことによって、それはselbriとなり、文ができる。変数項をsumtiという。例えば、「satre」は撫でるという意味のgismuである。これをselbriとして、文を作るとする。「la .mikin. la .maikon. satre」(la .mikin.は人名ミキ、la .maikon.も人名マイコ)
この文は「ミキがマイコを撫でる。」という意味になる。ここで、「la .mikin.」は変数項その1(x1)である。「la .maikon.」は変数項その2(x2)である。つまり、この二つはsumtiである。

「satre」には「x1はx2を撫でる」という文構造が内包されている。「x1 x2 satre」としてもよいし、「x1 satre x2」としてもよい。ただし、「x2 satre x1」とすると、x2がx1を撫でるとなり、意味が変わる。では倒置はできないかというと、そうではない。x1にはx1であることを表すma'ovla「fa」を、x2にはx2であることを表すma'ovla「fe」を前につける。だから、「la .mikin. la .maikon. satre」つまり「ミキがマイコを撫でる。」は以下のように言い換えられる:
「fe la .maikon. satre fa la .mikin.」

なお、すべてのgismuはx1を持つ。そして、gismuには常にx1が先行しなければならない。例えば、「la .mikin. satre」は「satre la .mikin.」であってはならない。前者は「ミキが撫でる」となるが、後者は「ミキを撫でる」となる。後者はx1が省略されたものと見なされる。

ロジバンの文法

用語が聞きなれないのでなかなか慣れるのは難しい。しかし、一旦覚えてしまえばたいしたことはない。
まず、前提として、ロジバンでは日本語で言う自立語がすべて用言であるということである。
例えば、「言語」という単語はロジバンでは「bangu」である。
しかし、日本語と違い、既に修飾語の種類が想定されていて、
「x1はx2(使用者)がx3(概念/命題/文字列)を表すのに用いる言語」という意味が内包されている。
例えば、「日本語 日本人 考え bangu」は「日本語は日本人が考えを表すのに用いる言語」という文になる。
単に「bangu」といった場合それは「言語」という意味である。
自立語の原型は文であるといえる。



ロジバンで使われる言葉は主に3類。brivla (bridi valsi)、ma'ovla (cmavo valsi)、cmevla (cmene valsi) である。
ざっくり説明すると、brivlaは自立語、ma'ovlaは機能語、cmevlaは固有名詞である。

brivla
子音で始まり、一つ以上の連続子音を含み、母音で終わる。
brivlaは合成語を含む。基本単位として、gismuがある。gismuは五文字からなる。前述の「bangu」はgismuである。もちろんそれは、brivlaである。gismuはbrivlaの部分集合である。gismuを組み合わせた単語をlujvoといいこれもbrivlaである。もっと複雑なfu'ivlaもあるが、ここでは説明しない。

ma'ovla
子音あるいは母音で始まり、連続子音を含まず、母音で終わる。
2~3文字の単語。日本語の助詞、接続詞などのようなもの。「mi」(私)などは主語や述語になる。

cmevla
子音あるいは母音で始まり、子音で終わる。
固有名詞など、ロジバン固有でない単語が該当する。

語の基本はgismuである。この用法を習得すれば、造語法により、自由に言葉を作り理解し、理解させることができる。多く見積もって gismu は約1350個あります。実用的なのはだいたい1200個ぐらいでしょう。

ロジバンの発音

ロジバンは発音に主眼を置いて設計されている。故に公式の文字は存在しない。ただし、ラテンアルファベットの使用が主流である。発音が不可能であったり、聞き分けができなくなるような文字の並びが存在しないという特徴がある。詳しい発音は
http://ja.wikibooks.org/wiki/ロジバン/音韻論
を参照されたい。
以下のような並びは存在しない:
同じ子音によるもの: pp, bb, ff, vv, cc, jj, ss, zz, tt, dd, kk, gg, xx 等
同系統の子音(有声/無声の面以外で特徴が一致する子音)によるもの: pb, bp, fv, vf, cj, jc, sz, zs, td, dt, kg, gk 等